
MUCHOVA, Karolina CZE [10]
6-2 5-7 6-3 Final
Womens Singles
11 July 2026
THE CHAMPIONSHIPS WIMBLEDON 2026
The All England Lawn Tennis Club
WIMBLEDON SW19 5 BN
U.K.
Photographer / MANO,Hiromasa
MANNYS PHOTOGRAPHY of Tokyo
mannys@mannysjp.com
はじめまして。森谷博樹(もりや ひろき)です。 このたび、ご縁をいただき、今後Kids Tennisの活動に協力させていただくことになりました。 子どもたちや保護者の皆さんに少しでも私のことを知っていただければと思い、これまでの歩みや、コーチとして大切にしていることを書かせていただきました。
1988年9月17日、神奈川県横須賀市生まれ。現在はアメリカ・カリフォルニア州を拠点に、City of Irvine Tennis Professionalとして活動するほか、Team USA Coach、SENKO CUP USA Tournament Directorを務めています。PTR・RSPA資格を保有し、Yonex USA Brand Ambassador Captain(全米25名のみが任命されるポジション)の一人として活動し、2026年にはロサンゼルス日本国総領事館より、現地で活躍する日本人テニスコーチとしてご紹介いただきました。
今ではこのような肩書きをいただいていますが、私の歩みは決して順風満帆ではありませんでした。 私が本格的にテニスを始めたのは15歳です。
スクールに入ると、同じ生年月日の選手がすでに上級クラスでプレーしており、「ここまで差があるのか」と大きな衝撃を受けました。年下の選手に負けるたび、「もっと早く始めていたら」と何度も思いました。 その気持ちに区切りがついたのは、22歳で渡米した後です。
14歳の少女と試合をし、接戦の末に敗れました。その選手は後にグランドスラムや国別対抗戦で活躍する世界トップレベルの選手となり、「もっと早く始めていたら」という後悔は自然となくなりました。今では笑って話せる思い出です。
17歳の時、恩師にプロ選手を目指したいと伝えた際、「選手としてのセンスはない。でも、教える才能はある」と言われました。当時は大きなショックでしたが、夜遅くまで人生相談に乗り、一人の人間として本気で向き合ってくれた恩師たちの言葉だったからこそ、その道を信じることができました。
17歳からコーチとして活動を始め、日本では立川ジュニアテニスアカデミー、立川ルーデンステニスクラブ、ミズノテニスプラザ、サリュートインドアテニスで経験を積みました。その後、「このままでは埋もれてしまう」という危機感から22歳で渡米し、Advantage Tennis Academy、Pro Star Tennis Academyで経験を積み、現在に至ります。
渡米当初は、英語だけでなく文化の違いにも苦労しました。しかし、日本語を英語に置き換えようとするのではなく、周りの人たちが使う言葉を聞き、そのまま真似をすることから少しずつ身につけていきました。文化を理解することが、英語を学ぶ一番の近道だったように思います。
17歳でコーチという道を選び、22歳でアメリカへ挑戦した決断を、私は一度も後悔したことはありません。あの時に決断したからこそ、今の自分があると思っています。 これまで4歳から96歳まで幅広い年代を指導し、ATPトップ30選手の幼少期の育成や、ITFランカー、全米ジュニアランキング上位選手、日本で活躍するプロ選手のジュニア時代の育成にも携わる機会をいただきました。 それでも、私が一番誇りに思っているのは教え子たちとの出会いです。 ラケットの握り方から教えた子が全日本ジュニアへ出場し、涙ながらに電話をくれたこと。本気で試合をした教え子に初めて負け、「自分を超えてくれた」と心から嬉しく思えたこと。社会人になった教え子から「あの時コーチがいてくれたから今の自分があります」と言われたことは、今でも忘れられません。
そして、私の人生を変えてくれた教え子が3人います。 1人目はコーチとしての「自信」を、2人目は「この道で生きていける」という確信を、3人目はアメリカへ挑戦する「可能性」を与えてくれました。
子どもたちを育ててきたつもりでしたが、振り返ると、私自身も教え子たちに育てられてきたのだと感じています。
私がレッスンで一番大切にしているのは、テニスを教えることではありません。 自分で考え、自立し、社会の中で生き抜く力を育てることです。 そのため、本当に必要だと思ったことは、たとえ嫌われても伝えます。
レッスンでは「I don’t know.」という言葉を簡単には使わせません。
答えを知らないことではなく、「考えること」を諦めてほしくないからです。 生徒から「鬼コーチ」と呼ばれることもありますが、それは厳しくすることが目的ではありません。どんな環境でも自分で考え、困難を乗り越え、生き抜く力を身につけてほしい。その想いで、私は毎日コートに立っています。 保護者の皆様には、いつも「まずは、お子さんを信じてください。そして疑問があれば、相手がコーチでも遠慮なく質問してください。」とお伝えしています。
私にとって海外遠征は、強い選手だけのためのものではありません。 海外で得られるものは、テニスの技術だけではなく、親元を離れて生活すること、自分で考えて行動すること、異なる文化や価値観に触れることなど、その後の人生にもつながる多くの経験があります。 だからこそ、これまで海外へ行く機会が少なかった子どもたちにも、世界へ踏み出す経験をしてほしいと考えています。
もちろん、全員がプロ選手を目指す必要はありません。 Kids Tennisで得た経験が、将来どんな道へ進んだとしても、「あの経験があったから今の自分がある」と思える財産になってくれたら、これほど嬉しいことはありません。
私自身も、これからKids Tennisを通じて多くの子どもたちや保護者の皆様と出会い、一緒に成長していけることを楽しみにしています。
「Kids Tennisに参加して良かった」「また帰ってきたい」と思ってもらえる場所を、これからもつくっていきたいと思っています。 肩書きを外せば、私は特別な人間ではありません。 一人のコーチであり、一人の教育者です。 これからもテニスを通じて、子どもたちが自分の人生を力強く歩み、泥臭くても自分の力で生き抜いていける人へ成長できるよう、一人ひとりと真剣に向き合っていきたいと思っています。

