
<kids tennis tour 81を振り返って>
6月16日に出発した「キッズテニスツアー81」は、4週間後の7月16日の帰国を持って、成功裡に終了しました。
現地滞在中にコラムをと思っていましたが、毎日子供達4人と早朝から夜遅くまでの活動や移動で、毎日が終わった後はまとまった文章を書く力は残っていませんでした。
クロアチア滞在中は、選手が自分のことを自分で考えて処理する習慣をつけさせるために、選手との個人的な連絡を許可していないご家族の皆さんのためにインスタグラム(“adinsuzuki”)で基本的に毎日写真を投稿しておりましたし、その投稿をフェースブックの”Kids Tennis Cup Friends”にシェアしておりますので、ご覧いただければ幸いです。
不安と緊張で臨んだ世界最高峰の「10歳限定」のトーナメントであるスムリクバボウルは、今年で31回目を迎えました。その創設趣旨は次のとおりです。
『スムリクヴァ•ボウルの使命は、子どもたちの世界的な価値観を刺激し、発展させ、広めることです。愛、友情、共感は、人々と人類にとって最高の共有の価値観です。スムリクヴァ•ボウルは、文化、子供、スポーツ、音楽、自然に関わることが国際人としてのスタートであり、それは文明の維持発展に関わることだと信じています。』
この大会に関わり始めたのは、コロナのパンデミックが始まった2020年でした。その時は、「開催中止」に関する主催者のミオドラグ・ボゾヴィッチ氏の無念の思いを伝えるメッセージの翻訳でした。そして、翌2021年、クロアチアへの渡航が解禁になったことから、私のクロアチア遠征の1ページ目がスタートしました。松島コーチと私と子供達7名の編成でした。スムリクヴァボウルは開催はなく、出場資格を得ていた男子1名と女子1名が、「親善大使」として認証されるだけにとどまりました。
2022年からの3年間は男女それぞれ3名を、毎年もう1名のコーチと共に引率しての遠征。去年からは、スムリクヴァボウルの受け入れ枠減少の関係で男女それぞれ2名を一人での引率となっています。
今年の戦績は、初日の本戦1回戦では、男女ともファイナルセットタイブレークまでもつれる試合もありましたが、全員メインドロー1回戦で敗退。2日目のコンソレーションは、男子一人が1回戦勝ち上がるも、2回戦で敗退。女子はいずれも初戦敗退となりましたが、それぞれに今後に向けての課題が見つかったと思います。3日目からは「IGRAダブルス」が始まりましたが、こちらも早々と敗退。以降は、のんびりと試合観戦でした。
今年で31回目を迎えた今大会、世界6大陸48カ国から、男子49名、女子44名の参加でした。
6日間の大会は、2日目の夕方に「親善大使任命式」、3日目の夕方には「親とコーチのためのフォーラム」とIGRAダブルスが始まり、4日目には2時間にも及ぶ「お楽しみ抽選会」(集中力と忍耐力が試されます)とIGRAダブルス、5日目は「観光プログラム」とIGRAダブルスの準決勝と決勝、そして、ピザパーティーと盛りだくさんのスケジュールです。ただ単に試合をするだけでなく、選手も親もコーチも交流できる機会が設けられています。
大会の後は、古代ローマの遺構のあるPULAの旧市街を散策。街中の知人のジェラートショップでご馳走になりました。
スムリクヴァボウルが終わった翌日からは、有名な観光地であるROVINJ(ロヴィニ)を散策してからUMAG(ウマグ)に移動。3日間の滞在で、ATP250のトーナメント会場の見学と練習を行いました。練習では、知人のコーチの計らいでその会場にあるコートや、近くにある歴史あるテニスアカデミーのコートを無料で使わせてもらえました。
観光としては、中世の城壁都市であるMOTOVUN(モトヴン)を訪れ、中世からの住居が建ち並ぶ石畳の坂を登り、城壁を巡って周囲の広大な景色に息を飲みました。
カレンダーが変わって7月1日には、クロアチアテニス協会の大会が週末にあるSOLINまで、530キロを約6時間かけて移動。試合会場から500mしか離れていないアパートに投宿。2日間、そのコートでの練習と、紀元前3世紀ごろにできたアドリア海沿岸最大の港町であるSPLIT(スプリト)を訪れ、ローマ皇帝のディオクレティアヌス帝が隠居生活を過ごしたという宮殿跡を歩き回り、そのスケールの大きさに感動。
週末は、SOILNのテニスクラブで開催の10歳以下の大会に参戦。男子は予選ラウンドで2名とも2位となり、「シルバーグループ」での試合の結果、優勝と準優勝を分け合いました。女子は、1名は予選ラウンドロビンを1位で抜けて、「ゴールドグループ」に入ったもの、スムリクヴァボウルで準優勝の選手に初戦で当たり、ベスト8に終わりました。もう一人の女子は、「シルバーグループ」で優勝を収めました。
クロアチアの「10歳以下」の大会は、初日はラウンドロビンを行い、2日目はそれぞれのプールの順位別に「ゴールド・シルバー・ブロンズ・グリーン」でのトーナメントを行い、上位の選手にはトロフィー、下位の選手にはメダルが授与され、全員が何らかの賞品をもらえるシステムをとっています。とても思いやりのあるシステムですね!
日曜日の試合が2時に終わってすぐに、230km離れたドゥブロブニクのテニスクラブに移動して、翌日からのドゥブボウルトーナメントのサインイン。行程の半分は一般道なので、約5時間のドライブ。サインインを済ませて、そこから10km離れた宿舎に移動して荷物を解いて晩御飯が済んだのが22時半。
翌日から、1週間のトーナメント。2年前に一緒になった南アフリカからの日本人選手のご家族と宿舎が近かったことから、大会期間中、一緒に練習したり、会場間の送迎などでお世話になりました。
男女とも11歳以下のカテゴリーに出場。男子1名はメインドローに入りましたが、一回戦で敗退。もう一人は、コンソレーションベスト8で、フルセットを戦いましたがわずかに届かずでした。女子の一人はコンソレーションベスト16、もう一人は善戦したものの、体格差のために押し切られてベスト8。
スムリクヴァボウルを参考にして開催し始めたドゥブボウルは、今年で12年目。11歳以下と13歳以下のカテゴリー合わせて160名の参加がありました。
スムリクヴァボウルもドゥブボウルも、出場選手の中で上位に残る選手たちのプレーのスピードや技術には、目を見張るものがあります。このうちどのくらいの選手が将来トップレベルで活躍するのでしょうか。
遠征を通じては、食事面では好き嫌いを認めず、テニスでは、試合に向けてのウォームアップ、試合中の気持ちの切り替えとボディーランゲージ、試合が終わった後に、勝ち負けに関係なく「良かったことは何か、どうすれば良かったか、また対戦するとしたらどうするか、自分で気をつければできることに集中できたか」などを自分の言葉で話をさせました。勝っても負けても、試合直後の会話はしないように心がけました。
10歳という年齢で、親元を遠く離れて、親との連絡ができない環境で、どれだけ自分のことをしっかりと面倒見ることができるか。テニスや生活面で新しく経験することに対して、どれだけ前向きに取り組んでいけるか…などなど、大変な1ヶ月間を過ごせたことは素晴らしい収穫だと思います。
日本でテニスができている環境や、海外に出てテニスができている環境を「当たり前」とだけは思わないようにと話をし、ほんのちょっとしたことにでも「感謝の表現」や「はっきりと返事」をすることの大切さ、テニスの試合も含めて「相手がいてこその自分」であることに気づいて、「尊敬の気持ち」を忘れずにテニスを一生懸命楽しんで欲しいと伝えましたが、素敵な選手に育って欲しいですね。色々なことに関して「興味や好奇心」を持ち続けて欲しいと思います。
6年前に松島コーチから「クロアチアに行ってみませんか?」と声をかけられのが「古稀」の春。当然のことながら、それから毎年一緒に行く子供たちとの年齢は離れてきています。毎回「どんな子供達なんだろう?」という興味と不安を抱えながら遠征に出かけています。
私が50年以上関わっているPTR(Professional Tennis Registry)の指導に関する金言の一つに、「初めての生徒にレッスンをする場合、最初の5分で自分のペースに引き込めることができれば、後はうまく行く。(特に低年齢のジュニアに関して)」という言葉があります。毎回の遠征では、そのことを肝に銘じて子供達に接しています。
毎年の遠征帯同が続いているのも、お子様たちを送り出してくださるご家庭からの信頼がいただけているからこそだと思います。
後は、子供達以上に色々なことに興味と好奇心を持っていること、車の運転が好きなこと、思いつき料理が作れることが秘訣でしょうか?クロアチア2年目の時に、ZADARの街を車で走りながら「あれ?この街並みはまるで先週来たような気がする!」と思いました。毎年、前回のクロアチア遠征は数週間前の出来事のように感じています。
子供たちに「将来につながる新しい世界」を見せてあげられることに喜びを感じている76歳です。
PTRを創設して、世界のコーチたちのネットワークづくりと共通理念での指導法の確立をした、個人的にも大変お世話になった故デニス・バンダーミーア氏の言葉で好きな言葉を書きます。
Tennis is a Lifetime. (テニスは生涯のスポーツ)
Continuity! (継続は力)
これからも、よろしくお願いいたします。
[追伸]
今後のKids-tennis.comの活動のパートナーとなる、カリフォルニア州オレンジカウンティ在住の森谷博樹さんは、PTRのメンバーであり、この6年ほどアメリカで毎年開催されているPTRのシンポジウムに一緒に参加しています。
鈴木鎮一
